魂の輝きに

囀る鳥は羽ばたかない 6巻考察①「百目鬼、イノセンスとの別れ」

コミックスは大人しく電子版を待っていました。
といわけで囀る鳥は羽ばたかない6巻考察に入ります。長くなりそうです!

百目鬼、 思春期の終わり

4巻で百目鬼が矢代の部屋から盗んだ影山のコンタクトケース。
あれどうなるんだろうと思ってたら「人を好きになる痛み」の追体験でした。

「漂えど沈まず、されど鳴きもせず」でアパートで一人、コンタクトケースを握りしめて泣いていた高校生の矢代。
アパートに取り残された大人の百目鬼もひとり、矢代に捨てられた痛みを握りしめる。

人を好きになる痛みを知らなかった百目鬼
5巻で百目鬼が置いて行かれた要因のひとつと思います。

どうして 分からないんだろう
こんなに綺麗で こんなに一途な人が傍にいるのに
どうして気付かないんだろう

どうして俺は
こんなに腹が立って 少し苦しいんだろう

それが恋じゃなかったらなんなんだよ百目鬼ィィーーーーーー!!!!!
と叫びたいほど作中屈指の好きなシーンですが、初めて人を好きになったあの頃の百目鬼はまだ夢の中にいた。

一方矢代の「好き」は歪んでいて、拷問みたいで、どうしようもない。
どれだけ百目鬼を好きでも、人を好きになる痛みも知らないような子供を矢代が恋愛の対象にすることはない。

自分のすべてを賭けようとしても、どうしようもできなかった現実。
この痛みの追体験を経て、百目鬼は精神的に矢代に追いついた(なので物理的にも追いつけた)。
百目鬼の思春期が、終わりを迎えた。

大切な「痛み」

3巻では「ぜーんぜん平気」「痛くありません」と互いに痛みを認めなかった二人。
倉庫で「まあ痛えんだけどなあっちもこっちも」と素直に言う矢代と、「痛いんだな」と聞かれて否定しない百目鬼

痛みを否定しなくなったふたり、という関係性の変化の描写がヨネダ氏は本当に秀逸だなーと感じます。

いいとか悪いとかじゃなく、痛みは矢代の人生において重要なものだった。

「違うなら聞かないで欲しい…っ」
百目鬼の自分を想う痛みに、救われているような、癒されているような表情を見せる矢代。

「俺にとってはこんな感じだ」
痛みを求めていたはずなのに、人を好きになることを避けてきた矢代。

間違っている、矛盾している。
それでも生きてきた矢代の人生だった。

「飛ぶ鳥は言葉を持たない」ーイノセンスとの決別

そして書き下ろしの「飛ぶ鳥は言葉を持たない」。
「囀る鳥は羽ばたかない」の見事な対義語で震えました。

光の中に踏み出した矢代に対し、暗闇の中に踏み出した百目鬼
ついに羽ばたいたと思ったら、そっちに行くのか百目鬼!!ってのが6巻で一番衝撃でした。

5巻ラストで矢代に雛鳥と言われていた百目鬼
「この世界にいなければ 頭との関わりがなくなってしまいます」

矢代のそばにいたいからヤクザをやるっていう百目鬼の雛鳥精神。
羽ばたくことはもとより親の後を付いて回ることしか知らない無垢で、無知で、他の世界を知ろうともしない在り方。

大人になってもいつまでも無垢で無知なイノセンスでありたいというのは一種のグロテスク。

「お前は綺麗だからインポになったんだ」
綺麗と矢代に思われることに自分の価値を見出していた百目鬼

綺麗ではない自分を生きる決意。百目鬼の大人への旅立ち。


次回、三角さんという親について考察予定。(続く)

囀る鳥は羽ばたかない 35話考察②「傍観者から当事者へ。羽ばたいた鳥は幸せになれるのか?」

次はひかりの中に踏み出した矢代について。

二十年越しの答え

病院に見舞いに来た影山に矢代は問いかける。
「お前はなんで俺じゃなくて久我だったんだ?」

矢代「ヤリてえなとかは?」
影山「あるわけねえだろ」「身内のAV見せられるなんて苦痛でしかねえ」

「なぜ俺じゃなかったのか」「なぜ俺じゃだめだったのか」
高校生の頃からそう想い続けてきた矢代は、影山本人から「身内だから」という回答を得ました。

そう、家族とはセックスをしないのだ。

ついに矢代もここまできた。

傍観者から当事者へ

このシーンは1話で事務所に影山がやってきた場面との対比になります。

「俺は、俺自身も傍観者にすることで 俺を保ってきた」
薄暗い部屋から自転車で帰る影山を見送っていた1話とは対照的に、35話ではひかりの中で影山に手を振る矢代。

これは矢代の立場が傍観者から当事者へ変化した描写であると考えられます。

影山久我ラインで残る伏線は3巻書き下ろしの久我のセリフ「やっぱ強敵だな」。
久我が矢代をけしかける展開を予測していますが、果たして。

百目鬼の諦めた理由

家族とはセックスをしない。
これは 百目鬼も同様で、あれほど「なんでもするから側において欲しい」と言っていた百目鬼が諦めた理由のひとつと推察しています。

「ヤクザってのは盃ひとつで家族んなって…守ってかなきゃなんねぇもんだって思ってたんす」
4巻で七原が語っていた通り、ヤクザの構成員は血は繋がってなくても”身内”になる。

「血は繋がらなくても 俺にとって妹は妹でしたから」
そう言って妹を恋愛の対象としなかった百目鬼が、組にいながら矢代を自分のものにしたいというのははっきり言って筋が通らない。
矢代に対しても。

家族以外の情愛を求めるのであれば組には留まれない。
矢代を自分のものにしたいなら、家族以外の立場にならなきゃいけない。

七原の兄貴

矢代を命がけで守った百目鬼に対し「本音としちゃなんとかしてやりてーって思うよ」と語る七原。
これで七原の兄貴が百目鬼と矢代をくっつけるために一肌脱いでくれる未来が確定しましたので、そんな展開早く来い。

羽ばたいた鳥たちは

七原、杉本、影山、久我と矢代と百目鬼の背中を押してくれる陣営は整いつつあるので、ネックはやはり三角さんとの関係になりそう。

羽ばたいた鳥たちは、今後さえずることではなく、相手に想いを伝える方法を模索していくことになるのかなと思います。

「囀る鳥は羽ばたかない」タイトルについて考察ー鳥が囀る理由と羽ばたく理由

「囀る鳥は羽ばたかない」、今回はその印象的なタイトルについて考察。

鳥が囀るわけ

なぜ鳥が囀るのか?については以前ヨネダ氏がnoteに紹介されていました。

note.mu

【囀り】
「鳥の歌」ともいわれ、主に繁殖期に雄が出す美しい鳴き声のこと。
生まれながらに身につけている鳥もいるが、ほとんどが学習により身につける。

・雄が自分の縄張りを他の雄に対して宣言したり、縄張りに入ってきた雄に「出て行け」と威嚇する場合
・雄の求愛の場合

つまり囀りはオスの鳥による
①他のオスへの威嚇
②求愛
ということになります。

”①他のオスへの威嚇”に関してはいかにもヤクザっぽい。
兄弟杯の平田や竜崎が三角さんを「親父」と呼び、親子の杯をもらってる矢代が「三角さん」と呼んでいるのは、「この人は俺のものだ」という他のオスへの威嚇と宣言。

”ほとんどが学習により身につける”の部分も深いなと思う。
鳥は愛を求めて囀る。

ついに鳥が羽ばたいた理由

34話、35話で矢代と百目鬼に関して「鳥が羽ばたく」描写がされました。

ついに鳥が羽ばたいた理由。
それは矢代と百目鬼が”さえずるのを止めたから”と推察されます。

「自分のものにしたい」「ずっと側において欲しい」「もう誰にも触らせたくない」そう願い続けた百目鬼
これは求愛と威嚇の鳥の囀りそのものでした。

百目鬼が自分の願いを変えた理由は35話時点で描写がないため不明ですが、さえずることを止め、自分の望む形ではない矢代の愛を受け入れた百目鬼は、矢代の側を去った。

だから鳥は羽ばたいた。
羽ばたいたんだけど。

羽ばたいた鳥はどうなるのか?

囀ることしか知らなかった鳥は羽ばたいてどうなるのか。
その点に関しては作中で描写されてこなかったように思うので、今後の展開待ちになるかと思います。

羽ばたいた鳥はどこへ向かうのか。
羽ばたくことと愛、幸福とは結びついていくだろうか。

囀る鳥は羽ばたかない 35話考察①「平田、すべての報い。矢代、半分の仮面」

33話で矢代と百目鬼は飛行場の近くに移動。
当初「なんで飛行場なんだろ?」と思っていたら、飛行機は分かりやすく鳥の比喩で、34話は”ついに鳥が羽ばたきますよ”というシーンで終了。
よって35話は矢代と百目鬼がスウィートな展開になるのかと期待していたのですが…全くそんなことはなかった。

というわけで35話考察です。

子への情

「平田にはそれなりに情もあった」
その平田の始末をつけることを三角さんは決意。

「身柄押さえろ」
天羽さんに指示した三角さんの背中からは平田を始末することへの寂寥と深い怒りが滲む。

証拠はないまでも、自分の半身である黒羽根をおそらく殺したであろう平田。
その平田に真誠会の跡目を譲って組長に据えたのは、三角さんの平田に対する大きな情であったと推察されます。

だが平田にとっては”一番に選ばれること”以外は親の愛ではなかった

その親と子の誤謬が凄惨な子殺しを生みます。

平田、すべての報い

そしてこれまでのすべての報いを受けることになる平田。

矢代を陥れるために利用していた竜崎を、平田は刺し重傷を負わせた。
「ありがたく思え…この俺が手を汚してやるんだからよ…」

見下していた竜崎に行った仕打ちをはるかに超える屈辱を平田は三角さんから喰らう。
「お前ごときバラすのに俺が手ェ下すと思うのか?」

子として選ばれないのなら、裏切ってでも三角さんに自分の認めさせようと、三角さんの気を引くためには手段を選ばなかった平田。
「俺を見ろっ」

平田の必死の叫び虚しく、
「俺の知らねぇところで勝手に死ね」

三角さんに子としての存在を完全に否定され、平田は死を迎えます。

同時にこれは平田に殺された黒羽根の仇討ちでもありました。
証拠がないため留め置かれた平田を、今回処分する理由と証拠を用意できた。
矢代はどこまでも孝行息子であります。

黒羽根の墓前にあらわれたトモちゃんに向けた三角さんの笑顔は、理屈抜きでカッコ良かった。

未だ半分のひかり

怪我を負った矢代と百目鬼は入院。

「頭打って百目鬼のこと憶えてない」
七原と杉本にすら見抜かれるような下手な嘘をついて百目鬼を家族のもとに送り出す矢代。

家族のもとに帰る百目鬼の姿を、右手で顔を半分覆い、遠くから矢代は見つめる。

これはおそらく5巻で百目鬼を置いてアパートを出て行ったシーンとの対比になります。
あの時は動くようになった右手で顔全体を覆い、”これまで”の仮面を身につけ光と百目鬼に背を向け立ち去った矢代。

今回顔を半分隠して百目鬼を見送る姿から、ひかり半分、仮面半分な矢代の現在地が伺えます。

35話までが6巻収録分ということですが

35話に関してはここで終わるかー、というのが率直な感想。
ノーヒントだと私の読解力では読み解くのが難しい回でした。

次回は「囀る鳥は羽ばたかない」、タイトルについて考察予定。

(続く)

囀る鳥は羽ばたかない 34話考察②「同じ雨に打たれることー雨と矢代、傘と百目鬼」

続いて「囀る鳥は羽ばたかない」で用いられる雨の描写について考察。

以下ネタバレを含んでいます。ご注意ください。




最初は作中の重要な場面で雨が降っているというぼんやりした印象でした。

これまでの雨が降っている主なシーンは
・影山の父親の通夜(高校時代)
・影山が彼女とデートしているところ(高校時代)
・事務所に葵ちゃんが訪ねて来たとき
百目鬼のアパートに行った時

そして現在、倉庫に向かう途中から降り出した雨となります。


振り返ってみると、「囀る鳥は羽ばたかない」で描かれる雨は否応なくやってくる現実の暗喩のように見えます。

32話でかなり分かりやすく描写されていたのですが、車から百目鬼が降りた後、小さな子供とその子が濡れないように傘を差し出す母親の姿が描かれます。
その光景を見た矢代は暗く雨の中に取り残されているような表情。

この傘を差し出してくれる存在が矢代にはずっといなかった。

対する百目鬼は傘。
コミックス2巻の表紙は降ってきた雨に傘を買いにいく百目鬼とそれを待つ矢代の構図です。
囀る鳥は羽ばたかない 2 (H&C Comics  ihr HertZシリーズ)


矢代は自分の中に降り込んでくる雨をただ受け入れることしかできない。
百目鬼はその雨から矢代を守る存在として描かれます。

葵ちゃんが訪ねて来たとき例外的に立場が逆(矢代が葵ちゃんに傘を差し出したり、雨に濡れた百目鬼をタオルで拭いてあげたり)なのは、父親という雨に打たれた二人を矢代が救う場面だから。

百目鬼のアパートに行った時もスーツの上着をかけて、百目鬼は矢代を雨から守ります。
ただ百目鬼は自分が濡れるのはお構いなし。
矢代のことは当たり前みたいに雨から守るけど、自分は当たり前みたいに雨に打たれる。

これまではどちらかが守ったり守られたり…そんな関係でした。

同じ雨に打たれること

そして今回二人はどちらが傘を差し出すでもなく、初めて同じ雨に打たれます。

これは二人がようやく同じ場所に立ったという場面であり、これから同じ景色を見て歩いていける…そういった描写であると推察できます。
(倉庫に向かうまでの車で、矢代が後部座席ではなく助手席に並んで座ることになったのもその伏線)

再生の始まり

34話は事実だけみると百目鬼は撃たれ矢代は倒れ、二人が雨に打たれているという救いのなさそうな描写ですが、これまでの伏線を拾っていくと、

  • 矢代と同じく人を好きになる痛みを知った百目鬼(頰の傷が何度も強調して描かれるのはその暗示)
  • そして親の呪縛から抜け出す一歩を踏み出した矢代

と二人がついに並んで歩いていける所まできた福音回であり、再生の始まりの回であったと思います。


というわけで囀るファンの皆様、よいお年をお迎えください。

(囀る鳥は羽ばたかない 34話考察 終)

囀る鳥は羽ばたかない 34話考察①「変わる過去、そして矢代が光の中に見たもの」

普段は電子版派なのですが今回は待ち切れず本屋さんでihr HertZを購入。

というのもこのtweetが気になりすぎたから。

過去に関する仕掛けってなんだ。

今回はそちらを読み解いていこうと思います。

以下ネタバレが多数ございますのでコミックス派の方はここでブラウザを閉じてください。








では参ります。

あの時と同じシュチエーション

34話後半、矢代は平田に首を絞められ殺されかけます。

「もうとっくに壊れていた」

矢代のモノローグから、小学生のときの性的暴行ですでに自分は壊されていた、と矢代は感じているように思います。

「ああこれで ようやく俺は 俺を終わらせることができる」

平田が正面からではなく後ろから首を絞めているのも、初めて義理の父親に強姦された時の再現と見ていいでしょう。
精神的に殺されるか肉体的に殺されるかの違い。

あの時と同じシュチエーションで、矢代は親の立場にある存在に殺されそうになる。

”ほんとうは助けてほしかった”

「…妹は よかったな お前がいて」

目を覚ました矢代は、光の中に平田を殴りつけている百目鬼の姿を見つけます。

ただ羨むだけだった百目鬼の妹のように。

あの時は得られなかった助けを。
矢代は本当は欲しかった助けを、ついに得た。

救いだけではなく

目を覚ました矢代に駆け寄ろうとした百目鬼は、隙をついた平田に撃たれます。
それを目の当たりにした矢代は一心不乱に平田を打ち付ける。

これは百目鬼が妹を助けたときの再現ですね。
妹を救うため父親を半殺しにした百目鬼と同様、百目鬼を守るため矢代は親である平田を後先考えず殴りつける。

これはつまり矢代が百目鬼と同じ立場に立ったことになります。

と同時にこれは矢代にとっての初めての親殺し(平田は死んでないけど)。

親に逆らわないために、受け入れるために、子供の頃から自分をグシャグシャに壊して生きてきた矢代。
親に殺されることを受け入れてきた矢代が、ついに親に刃向かった。

”親殺し”の先輩

この34話を読むまであまり意識してなかったんですが、矢代にとって百目鬼は”親殺し”の先輩なんですね。
未熟な部分は多々あれど、”親殺し”に関しては百目鬼はすでに経験済み。

これから矢代が生きていくには救いがもたらされるだけでは不十分で、親との決別の意思を持てるかどうかが重要だったので、今回で矢代の生存確率上がったんじゃないかと個人的な見解(状況的には大変だけど)。

親殺しのイニシエーション

ただそれに伴い平田の言ってた「お前はいつか三角を裏切る」が現実化する可能性が浮上してきました。
親、といっても平田は形式上もいいとこ、つまり矢代にとっては前座も前座で、矢代にとっての親殺しのイニシエーションを三角さんでやる可能性が出てきた。

矢代は三角さんを殺したりはしないでしょうが、三角さんの意思に沿わない、三角さんにとって望ましい矢代とは違う道を選んでいくことになるかと。
そうすると今度は三角さんが大変になる。

なので今後三角さんが親としてどうするか、も問われていくと思います。


次は雨の中倒れた二人について考察。

(続く)